《M》
今回のテーマは話がメチャクチャ長くなります(全部書いたら、その9とか10ぐらいまで掛かりそう)が、理想の体重を長年維持できているクライマーにはほとんど関係なく、釈迦に説法みたいな話も多いと思いますので、マジ飛ばして下さい。で、今回は予告通り、体重のコントロールを踏まえた場合の「体重の把握の仕方について」ですが、まず
「体重を減らす」「体重が減った」ってどういうことでしょうか?
「去年の健康診断の時より1㎏減った」とか「飲みすぎ食べ過ぎで増えてた体重を先週より2kg減らした」という場合ももちろん体重が減っているのですが、クライマーが「あのルートやりたいけど、重くて無理だから5㎏減るまでやらない」的な話をしている時に念頭にあるのは、体が常に戻って行く先にあるおおよその基準値、つまり年間を通した体重の平均値みたいなものを5㎏減らし、尚且つ筋力を維持してパフォーマンスを上げたい、というような夢みたいなことを言っているのであって、過去にそれぐらいの体重だった時にパフォーマンスが良かったことを覚えているからそう願うのだと思います。私が目指したのもそれで、この記事のタイトルではその夢みたいな事を目指すことを「体重コントロール」と書いたのですが、その観点で「体重が減る」の意味を考えたいというのが最初の質問の意図です。
人間の身体は外部の環境によらず、体の内面の状態を一定に保つような調節機構が働いており、体重(≒体脂肪率)に関してはセットポイントと呼ばれる基準値に戻すよう常に調節されています。なので、このセットポイントのことまでを考慮すると、「体重が減った」という時の意味には次の(A)(B)の2種類があることになります。
(A)セットポイントは変わっていないが、一次的に体重が減った。
体重は、ある範囲内で変動を繰り返しており、その範囲内である時体重が減少した。
・グラフの横軸は時間で、縦軸が体重。
・このグラフでは4月4日~5月4日の1か月間の推移を示しています。
・赤線が上限値と下限値で青線がセットポイント(適正体重)。
赤い矢印は、2~3日連続で体重計の計測値が「減る」シーンで、体重計を見ている限り体重が減っているのですが、もっと長いスパンでみると、実はセットポイントを中心に上下動を繰り返しているだけで、ある瞬間(といっても2~3日もあります。)を観測して「体重が減った」と信じている状態。体重を減らしたいという願望と何らかの努力が重なり、それが3日ぐらい続いているのでそう信じるしかない状態とも言えます。
(B)セットポイントがゆっくり下がってきているケースです。体重は、下がったセットポイントを中心にして日々の変動をするようになるため、上限値も下限値も以前より低くなっています。ある瞬間の体重計の計測値だけをみれば、以前と変わっていないように見えますが、実は平均値自体が下がっていて、見た目の印象も変わり「痩せましたね」ぐらいのことを周囲に言われる状態。
私の経験では、(A)と(B)では体の感覚からして全く違うのですが、岩場等で体重の話をしていると「セットポイント」を知らない人が多く、『減った』と言っても(A)の話をしている人の方が多いと思いました。体重を5㎏とかの単位で落とし、その後もその体重で安定稼働させたいなら(B)を目指さなければならないので、体重の推移やセットポイントをなんとなくでも把握している必要があると思います。
計った体重のプロットをグラフ化すると簡単にわかりますが、これを頭の中だけでやろうとするとほぼ不可能です。「2週間前の土曜日の夜の体重は?」と言って即答できる人いないと思いますが、つまり記録を付けてセットポイントまで把握していないと、毎日気にしているはずの自分の体重の話でありながら、ある目標に向けて落ちてるかどうかの『傾向』まではわからないという事です。この『傾向』を把握していくために、知っておくべき概念を以下に説明します。詳しくはネットで調べてみてください。
【セットポイントとホメオスタシスを知る】
毎日同じ条件で体重を計っていても、同じ数値が出ることはほとんどありません。何もしなくても呼気とか肌から水分が蒸発していて1時間に70gぐらい(※私の場合です。)減るほど体重は流動的なのですが、人の身体は生命を維持するための調節機能(ホメオスタシス)が常に働いているため、生活習慣が一定なら脳にインプットされた基準値(セットポイント)を中心に、体重や体脂肪率もある一定の範囲内に収まるように変動しています。
《ホメオスタシス》
生物が生命を維持するために外部の環境に寄らず体内を一定の状態に保とうとする身体の調節機能の事です。人体が、周囲の気温に関わらず体温を36℃程度に保つことや、水分量、塩分濃度、血糖値などの体液の組成を一定に保つのもこの機能のおかげです。体脂肪率なども脳にインプットされた値(※変えることができます)に保たれるように働いており、結果として体重も一定の範囲内に収まるように常時調節されています。
《セットポイント》
体脂肪率をどの程度に保つかは遺伝的に決められていて、基準値に保つように身体が代謝機能や食欲を調整しています。脂肪の量を増減させることで、結果として体重をセットポイントに保っています。1999年4月に出版されたクライマーのバイブル「パフォーマンスロッククライミング(p127)」にも、「体重はクライミングに重大な問題」「セットポイントを変えるのでなければ君の努力はまったく無駄」だという記述があり、私はこの本でセットポイントの存在を知りました。
1999年8月の朝日新聞の記事にもセットポイントの理論(http://www.ywad.com/books/417.html)がありますが、最近の専門家も(https://brava-mama.jp/2017080388120/)減量と絡めてセットポイントについて説いています。私自身の体重の観測データからもほぼ確かだと思いますので、この説をベースに今回の記事も書くことにします。
《体重(体脂肪率)調節のメカニズム》
(1)体脂肪(体重)がセットポイントを下回ると新陳代謝が低下し、
食欲が増進して脂肪を吸収しやすくなる。
(2)それでも我慢して食べないと、代謝を下げてエネルギーを貯めようとするが、
代謝を下げるために筋肉量を減らそうとする。
(3)体脂肪(体重)がセットポイントを上回った場合は食欲が減退し、
新陳代謝が活発になる。その結果体脂肪は減少する。
(4)セットポイントと争っても、食欲をコントロールしているセットポイントの力は
意志の力よりもはるかに強いので、その影響を低下させることは不可能。
セットポイントは、その設定どおりに体を作るために日夜働いている。
(5)セットポイントを変えるのでなければ努力は全くの無駄で、世にあふれる
ダイエットの方法は、このセットポイントを変えることとは何ら関係がなく、
長期的に見るといずれセットポイントに戻っていく(リバウンドする)。
【思い当たる節がありませんか?】
ダイエットに挑戦した人には(1)~(5)に思い当たる節があると思うのですが、1か月で3㎏、4㎏減ったという時はなかなかそれ以上には下がりません。それでも減らしてやろうと躍起になって無理な食事制限を続けると、体の方が生命の危機を感じて(2)の状態になり、最終的にはタガが外れてドカ食いしリバウンドに向かいます。これは、減らすペースが速すぎるためなのですが、体の方は本人の「もっと減らしたい」という意思のことはお構いなしに、生命維持の理由から消費エネルギーを減らそうとして筋肉も分解してしまうため、この状況は回避しなければなりません。どの程度のペースで体重(セットポイント)を減らすべきかは、次回以降の記事で書く予定ですが、前回の記事で、目標設定(程度と期間の兼ね合い)が難しいと言った理由の一つはここにあります。
【改めて、体重を下げるってどういうこと?】
(A)セットポイントは変わっていないが、一次的に体重をセットポイント以下に減らせた。しかし短期間で、セットポイントに戻る。
(B)セットポイントが下がった。体重は下がったセットポイントを中心にして日々の変動をするようになり、上限値も下限値も以前より低くなる。
「体重を下げる」意味については2種類のパターンを示しましたが、クライマーにとって意味があるのは(B)の方です。逆に体重別の競技では(A)に意味があります。例えばボクシングなどでは、計量日の計量時間にピンポイントで焦点を合わせ、計量直前の2時間で4㎏の水分を抜いて計量をパスさせた後、直ぐに水分を補給して4㎏以上戻したりします。最も体重がある状態の方がパンチが重くて強いため、例えばバンタム級(53.52㎏)の試合に出る場合に、セットポイントが58㎏ぐらいの人が計量の瞬間だけ53.52㎏でパスさせ、その日の内に58㎏まで戻すという離れ業をして、試合では自分の適正体重(58㎏)で戦ったりするのです。体重別競技における計量ルールの性質上、最も有利に戦うための戦略として減量があります。
しかし、クライマーにとって(A)のような減量には意味がありません。週末の岩場では一日通して登りますから、一瞬だけ体重を減らしても意味がないですし、そのような状態では体がもたずパフォーマンスも出ないためです。なので、クライマーがパフォーマンスを上げるために体重を落とすということであれば、(B)を目指し、下がったセットポイントを中心に体重が推移するようにコントロールし、体をなじませ動ける体を作って行く(ボディメイクする)必要があるということになります。
なので、クライマーが体重のコントロールのために目標を設定しようと思ったら、そもそも自分の体重がどうやって遷移しているのかを把握し、直近のセットポイントがどれぐらいなのかを知ることが大切だと思います。次回はその方法と、そうすることで得られる知見について説明したいと思います。
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