侍になる

＜ゆ＞
2月23日　城ケ崎　アストロドーム

　今シーズンは12月からずっとアストロドームに通っている。
　暖かい冬の岩場としてメジャーなシーサイドと違い、染み出しや潮風による湿気、一日中日陰の寒さに悩まされるアストロドームは訪れる人も限られており、私も長年避けてきた岩場だ。指を痛めたのがきっかけでマリオネットのために通い始めたが、私の他にもシーサイドのラスボス、スプラッシュを完登してしまったクライマ―達が、この居心地の悪い岩場に一緒に通い続けてくれた。　

（染み出し掃除中の私。Photo@Ryuちぇる）

　私がマリオネットに悪戦苦闘している間、ほとんど登られてなさそうで、ラインも良くわからないサムライ5.13bにイーちゃん・ロッシーが果敢にも挑戦を始める。それにつられてA枝さんもサムライに取り組み始め、長らくトライされていなかったであろうサムライラインは活気にあふれていた。しかし、チョーク跡もなく、ネットに情報も転がっていないこのルートはムーブ解析が難しく、3人の英知が集結されて徐々にムーブが見出され、リーチがある人もない人もトライできる状態になってきた。

　そんな整った状態に便乗させてもらい、私や元BMX選手のヤング、元新体操選手のAすかちゃんが参戦したのだが、圧巻の見た目でとっつきにくいサムライはトライしてみるとメチャクチャ面白い。強傾斜の中でダイナミックなジムナスティックムーブを繰り広げる下部、傾斜でどんどんパンプし持久力を試される上部、そして疲れているのに最後の一手が油断できない終了点と、完璧すぎる要素を取りそろえたルートだった。

（下部終了直前。パンプして落ちれる上部につながる。Photo@A枝さん）

　私は下部のボルダームーブ解決に手間取り、ようやく全ムーブができるようになった2月20・21日の週末には核心パートで染み出しが始まってしまった。状態が悪いことが多いと聞くアストロドームだが、今年は晴天続きのおかげで長く登れており、突然シーズンの終わりを告げられるような染み出しは衝撃だった。
　焦った私は、中1日開けた23日祝日もアストロドームを訪れた。週末と同様、染み出しが続いており、核心の左ホールドは拭けばなんとかなるものの、右ホールドの染み出しは上から伝っているもので、拭いてどうにかなるものではない。一瞬「今シーズンのRPはないな」と思ったが、冷静に考えるとキーホールドは左手で、右手は濡れてもなんとかこなせる。最初は負けるイメージしかなかったが「否！！この程度の濡れなら登れる！！！」と自分を信じることにする。次週はない。今しかない。負けても勝っても、今の自分の全てを今のコンディションでぶつけるしかない。

そんな緊張感全開でサムライをトライしたが、週末の疲労が抜けず思うように身体が動かない。午前中は自分で作りだした緊張感に完全に負けてしまっていたが、この日は久しぶりにM也がアストロドームに来てくれたので、思う存分甘えて気分を紛らわし、午後に再トライ。なんとか苦手な出だしムーブをこなし、濡れた核心右ホールドを全力で保持して確率の低いムーブが決まった後は、集中力を一気に上げて完登に持ち込むことができた。

（終了点。寒いので貼るホッカイロ、核心が濡れているのでタオル。Photo＠Sita0528）

サムライは、シーサイドにあれば間違いなく虎やシンデレラクラス、もしくはそれ以上の人気ルートになるだろう。登った後に押し寄せる充実感やムーブの面白さは国内トップレベルだ。こんな素敵なルートを皆に登ってほしいと思う反面、ちょっと隠れ家的なアストロドームに大勢が押し掛けて、ムーブが知れ渡るのも少し寂しい。というのも、アストロドームに通って思い出したのは、クライミングはスポーツ的要素だけでなく、冒険的要素が大事だということだからだ。情報が少ないアストロドームはどこをどうやって登るか分からないし、危ないか安全かもわからない。一緒に行く仲間がいないとできないし、自然環境に左右される。そこを試行錯誤しながら少しずつ歩を進めていく冒険をアストロドームは思い出させてくれた。
　そんなわけで、今回は冒険的要素が損なわれないよう、写真も含めてムーブのネタバレは避けた。皆さんもアストロドームに行って冒険を楽しんでほしい。

（やっぱプロの写真はすごい＠Photo by Young）