二子山弓状エリアにある「サバージュ」の、最初の核心にあるホールドの一つがセメントによって埋められた。昨年から、結花がこの問題に注視していたのだが、私自身は怪我の療養で二子から遠ざかっていたため、この写真を見るまでは、その問題の本質がよくわからなかった。
これが、ルート上にあるホールドを使えなくするために意図的に埋められたものだとすると、今までにも様々な岩場で問題になってきたチッピングに属する行為で、クライミング文化の中では御法度とされている重罪に当たる。ただし、民法上の犯罪ではなく、クライマーの中で不文律とされてきた、暗黙の了解事項に対する「掟破り」でしかないため、実際にはその行為が行われても、せいぜい怒りを込めて抗議の意思を世間に発信するということでしか咎める方法が無いのが実状だ。尚、私が知っている限り、チッピングの動機にはざっくり言うと次のようなものがある。
①あるルートやボルダー課題を登れないクライマーが自分にも登れるようにするために、こっそり岩を削ってしまう。
②その課題を設定した初登者に対する抗議や嫌がらせとして岩を破壊する。
③初登者が意図していたラインやホールドと違う方法で登られていることがわかった場合に、初登者自身がそのラインを削って改編し、自分の意図とは違うラインでは登れないようにする。
今回は、このルートの初登者がこのエリアを管轄する協会に依頼して特定のホールドを埋めさせたというもので、しかもそのホールドは
・多くの男性クライマーはこのホールドがあっても、ほとんど使えないため、グレードや
核心ムーブに影響がない。
・女性もしくは身長やリーチが無い人は、通常使われる核心ホールドが遠いため、このホールドを使って極端に狭いムーブで核心を突破している。ただし、ムーブの強度はオリジナルムーブと変わらないレベルであり、一般的な男性のサイズではオリジナルムーブより難易度が高い。
というものだった。初登者がこのようなホールドを意図的に埋める行為を行ったとすると、その意味するところは「このホールドを使っても、そのルートを登ったとは認めない」というメッセージとなり、上述の③に該当し、主に女性クライマーやリーチの無いクライマーを「振るい」にかけて落とすことになる。
以前にも岡山の備中で同様のことが起こって大問題になっていたが、表に出ないケースは他にもまだある。また、私自身も何本かルートを開拓した経験があるので多少その気持ちもわかるのだが、初登者には自分の意図したラインやムーブで登ってもらいたいという意図が大なり小なり働くもので、自分が苦労して登った箇所を別のやり方で簡単に登られてしまうとやるせない気持ちになり、なんとか自分の意図通りに登らせたいという気持ちが湧いてくるものなのだ。ルートやエリアを公開する前にルートに多少手を加えたというならまだしも(それも良くないのだが)、サバージュは公開されてから30年も経っており、二子クライミング文化の中ではもはや公共物と言っても差支えないような位置づけにある。それを、初登者の意図とは違う登り方をされているといった理由で、ホールドを埋めるような行為を初登者権限として認めてしまったらクライミング文化は崩壊する。しかも、本来そのような行為を咎めるべきクライミング協会という組織が、この行為を容認しているとしたら、クライミング文化を守る手立ては存在しなくなる。
話をサバージュに戻すと、今回のホールド埋め問題に衝撃を受け、最初に反応したのは過去にこのホールドを使って登った複数の女性クライマーであった。彼女達は、自分のクライミングを否定されたというメッセージを直観的に感じ取ったようだが、そのホールドが埋められたという情報を得た時点では、あくまでも③が疑わしいというに過ぎなかった。そうこうしている内に、2023年1月7日に、二子山でのクライミングに関して協会による説明会が予定され、その中でサバージュに関する説明も行われるというので、この件に少なからず衝撃を受けていた結花が説明会に参加することを決め、参加を前に情報収集に走った。
といってもクライマー社会は狭いので、あっという間に協会側の情報が漏れ伝わってくる。やはり、初登者の意図と違うラインで登れてしまう可能性があったので、それをさせないために埋めたという話を協会側にいる人から聞き出せた。私も横で聞いていたが、あまり当事者意識がなかったので、「ふーん」という感じで聞いていた。ただ、間接的な情報は、又聞きしているうちに変化してオリジナルの発言とは変わってしまっている可能性もあるため、事実は直接確認する必要があると考え1月7日の説明会に結花が参加。そこでのオフィシャルな説明では、事前につかんでいた情報とは違い、
「今にもホールドが取れそうなぐらいグラグラしていたので補強した」
というものだったそうだが、写真を見ればわかる通り、当該箇所はそもそもグラグラするといった形状ではなく、単にホールドが埋められただけである。周辺に危険で脆い部分がある訳でもないので、そこを埋めたからと言って何かが補強される訳でもない。単にこのホールドを、ある意図によって埋めただけという疑念が更に増し、この日の説明会に出席した者として、結花はその後、Rock&Snow 99号のp100にこの件に関する記事を書いた。
現在サバージュにトライしている人達は、この写真にあるような状況を間近で見ているので、当然ながら協会側の説明に整合性がないことはみんなわかっており、結花の記事には概ね好意的な評価をしてくれているが、その後、初登者本人から反論とでもいうべきか、SNSにてホールドを埋めた件に関して釈明の弁があった。私は直接繋がりがない方なのだが、その説明には、
・クイックドローのカラビナがちょうど当たる位置で岩が欠けていた
・欠けた先が大きなコルネに繋がっていて、将来的に岩が大きく剝がれる可能性があるので、委員会に処置を依頼した
と書いてある。だが、論より証拠。当該箇所は写真の通りで、「欠けた先が大きなコルネに繋がっていて、将来的に岩が大きく剝がれる可能性があるので、そこを補強した」などという説明は全くもって意味不明。まず、コルネが存在しないし、そこを埋めたからと言って、周辺の何かが崩れるのを阻止したということにもならないことは一目瞭然であろう。現在サバージュにトライしている人、サバージュを過去に登った人達も、
・あの説明を見て余計に腹が立った
・一般人をバカにしていて、意見を受け入れる気がない事がよくわかった
・協会側も意固地になってるねー
と言った意見で一色だ。ただ、私自身この写真を見るまで、結花が問題視して来たサバージュの件というのが何のことを言っているのわからなかったし、SNSを通した初登者の説明に100件を超える「いいね」が付いていたことから、サバージュを見たこともない多くの人がその説明を鵜呑みにしている可能性があること、翻って、結花や遠藤さん、飯山さんなど、クライミング文化を思い、勇気を持ってサバージュの問題を指摘した側の方が、まるで嘘を書いているかのような状況に晒され、それらの声が封じ込められようとしている構図が見えてきた。 問題が問題だけに、協会が正式に非を認めることはないと思うが、少なくともクライミング文化を思い、勇気を持って指摘してきた人たちの主張の正当性は、できる限り多くクライマー仲間に理解して欲しいと思い、この記事を書くことにした。
久保 昌也
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